◆講座情報
◆コラム
第1回〜第30回
第31回 子供の安全を守るメーガン法
第32回 中井貴恵極秘結婚式の場合
第33回 ジャーナリストという仕事
第34回 ジャーナリズムの基本は実名
第35回 生命と死について
第36回 私の危機管理術
第37回 お金で解決できないこと
第38回 自伝の嘘
第39回 雑感
第40回 経験と読書のバランス
第41回 日本の放送メディアの問題点
第42回 インタビューの種類
第43回 ジャーナリストに求められる倫理とは?
第44回 翻訳の功罪
第45回 小学校英語について
第46回 アメリカの道路と日本のそれの違いが示すもの
第47回 父親の箴言 雑草のごとく生きよ
第48回 一流とは
第49回 テレビ取材の難しさ
第50回 英語の難しさと効用
第51回 今年1年を振り返って (英語の威力を改めてみせつけられた1年)
第52回 ユーモアの重要性
第53回 日本のメディアのテーマ
第54回 コツ



第53回 日本のメディアのテーマ



ぼくがする取材は99%が英語である。資料も本も当然英語が圧倒的に多いので、自然と英米メディアの知人が多い。タイム誌、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ザ・タイムズ(ロンドン)、ニューヨーカーなど大手のメディアがほとんどであるが、いつも彼らに言われるのは、日本のメディアが発するテーマは、世界から見ると関心のないものばかりであるということだ。指摘されるたびにいやな気分になる。


日本以外では誰も知らない有名著者

実際、月刊誌、週刊誌などの目次を見ても、英語で世界に向けて、発表する価値があるものがどれほどあるか、いつも疑問に思うのはぼくだけだろうか。欧米のメディアが発する内容は世界的に関心を持たれ、本にしても、翻訳を待たず英語のまま世界中で読まれるが、日本の本は英語に訳されない限り、読まれることはまずない。だから、日本で超有名な著者でも日本を一歩出るとまったく無名である。せめてテーマからみて、おもしろいものであれば、英語でも出すべきだと思うが、翻訳となると今度はそれをする人がかなり限られる。ちなみに、英語がろくにできなくても、ジャーナリストという肩書きを持てる(自称だが)のも、日本だけだろう。他国のジャーナリストで英語ができない人に会ったことが、今だかつてない。

例えば、昨年交通事故で亡くなった、世界に名を馳せるデイビッド・ハルバースタムは、日本でも知らない人はいないくらい、超一流のジャーナリストであるが、日本国内で同レベルの知名度がある日本人でも、日本以外では誰も知らない。この差は認識した方がいい。ベストセラーになる本のテーマもそうである。英語に訳しても、まず世界的に関心を持たれそうなテーマがほとんどない。しかし、英語のベストセラーが日本でベストセラーになる例はいくらでもある。だから、ほとんど一方通行と言ってもいいだろう。


日本に関心がない欧米人

一部の人は別として、一般的に言うと欧米人は日本のことに関心がない。これは欧米人のジャーナリストが異口同音に言うことだ。ぼくの知人はぼくが日本人であるせいか、日本に関心はあるが、例えば、イギリスのインディペンダント紙の東京支局長デイビッド・マクニール氏は、「私自身は日本に関心があり、バイリンガルだが、イギリス本国にいるイギリス人は、日本で起きていることにまったく関心がない」と明言する。日本文学や、日本史、天皇制について、アメリカの大学で教えているアメリカ人の教授らに聞くと、同じ答えが返ってくる。オレゴン州立大学で日本歴史を教え、The People’s Emperor: Democracy & the Japanese Monarchyの著者である、ケネス・ルオフ教授は、以前電話インタビューしたときに、「アメリカ人は日本人や日本のことに関心がありません」と断言していた。村上春樹や芥川龍之介の英訳で活躍しているジェイ・ルービン氏も「アメリカ人は、基本的には日本に関心がないが、傑作には関心がある」と自信を持って言う。

日本で起きていることに関心がないから、日本のメディアが扱うテーマに関心がないのも筋が通っているが、日本のメディアは、もう少し世界が関心を持つようなテーマを扱った方がいいのではないか。これだけグローバリゼーションが進んでいる中で、日本のメディアが扱うテーマが圧倒的にドメスティックであるのはいかがなものか、と思う。すべて世界が関心を持つテーマにする必要はもちろんないが、そういうテーマがあまりにも少なすぎるのである。関心事に関して、日本とそれ以外の国の温度差が違いすぎる。


日本のニュースと世界のニュース

ごく最近、ロス疑惑の取材のために、ある編集部から電話がかかってきて、4時間後の飛行機でロサンゼルスに飛んだが、現地でつくづく感じたのは、アメリカ人は、ロス疑惑をO.J.シンプソン事件の日本版と言うものの、地元のメディアはこの事件を取材するというよりは、この取材のためにロサンゼルスまでやってきた、100人もの日本人記者たちの狂気ぶりを取材していた。よほど奇異に映るのだろうか。アメリカでもO.J.シンプソン裁判のときの狂気ぶりは、今でも脳裏に焼きついたままであるが、そのことを棚に上げて、日本人の狂気ぶりを報道していた。ちなみに、海外メディアは、この事件をそれほど報道していない。逆に世界で何が起きているか、本当に知りたければ、英語で読むしかない。日本語で入っている世界のニュースは少なすぎる。

かつて、大手の出版社が、日本の雑誌のタイム誌版をアメリカで出そうとしたことがあったが、最終的には経費がかかりすぎることと、テーマ的に見てアメリカ人が関心を持たないので、採算が取れないという結論に達して、結実しなかった。非常に残念であった。
例えば、編集部にバイリンガルの外国人編集者を入れるとか、月刊誌の3分の1は、世界が関心を持ちそうなテーマにするとか、半強制的にするのはどうだろう。お互いにシナジー効果が出てきそうな気がする。視野を広げるのは、読書だけでは無理であるから、環境を変えるのが一番だと思う。


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