取材で会う人は、初めての人がほとんどだ。相手もジャーナリストに直接会うのが初めてである場合も多い。こちらは、どんな人に会っても緊張することはまずないが、相手が緊張していることが多い。そういうとき、もっとも重要なことはice-breakingの術である。まず緊張を解かないと、話が進まないことは言うまでもないが、今でもはっきり覚えているのは、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏に、初めてインタビューしたときのことだ。成田空港からフォーシンズ・ホテルに着いてまもないスティグリッツの疲れを取るために、とっさに出てきた表現が、”I’m afraid that this is a once-in-a-lifetime opportunity.” だった。氏は、まさに抱腹絶倒の有り体で、ひっくり返りそうになるほど笑っていた。そのあとのインタビューは流れるようにスムーズに行った。通訳をつけるとなぜ深いインタビューができないか、それはこういうユーモアがタイムリーに言えないことも原因していると思う。
直接経験したユーモアの具体例を挙げる。
・ ロサンゼルス空港で、チェックインするときに、一番肝心なファーストクラスに誰もいない。そこに置いてあったサインが”Gone Fishing”だ。しかも手書きではなく、ちゃんとしたサインである。これを日本でやると、頭がおかしくなった人だと思われるだろう。杓子定規でしか事が運べない人は、アメリカ人よりも日本人の方が多い気がするが、そういう人は「なぜこの大事なときに、魚釣りに行くのか」と怒鳴りちらすかもしれない。
・ 機内放送で、パイロットが「機内は禁煙だが、どうしてもタバコを吸いたい人は、外に出て吸ってください」と言ったときは、乗客も客室乗務員も大爆笑。こういうのを英語でやると本当におかしい。日本語でやるとユーモアに聞こえないのはなぜか。
・ ロサンゼルスからハワイ行きの飛行機に乗ったとき、ファーストクラスは10人くらいしかいなかった。mai tai(ラム酒をベースにしたカクテル)もあります、とフライト・アテンダントが言ったので、ぼくが”I don’t have my tie.(このtieはネクタイの意味) So give me mai tai.”とダジャレを言ったら、10人全員が爆笑。英語のダジャレも自然によく口をついて出てくるが、場の雰囲気を和らげるのに最高の術の一つである。
・ 機内で、非常口の席に座ると、必ずフライト・アテンダントが来て、緊急時の助けができますか、と聞いてくる。この前、”Let’s practice it now.”と言ったら、隣に座っている乗客まで受けていた。
日本人のスピーチは、ユーモアがなく、単調でおもしろくないことが多いが、欧米人のスピーチを聞くと、どんなにテーマが深刻なものでも、ユーモアがかなり入っている。人をユーモアでリラックスさせる術は絶対に必要だ。それはぼくのような職業でなくてもどんな職業でもそうだと思う。コミュニケーションがこの世にある限り、ユーモアほど重要なものはない。
これは人に聞いた話だが、アメリカの大学教授になる審査で、「A氏はユーモアがあるかどうか」ということを審査担当の教授たちが真剣に話し合っていたという。学生に教えるのに、ユーモアのセンスがあるかどうかが、かなり重要な要素になっているのだ。専門知識だけあっても、人をひきつけることはできない。
親が危篤になってもまだ冗談を言っているのが、イギリス人だが、それほどユーモアが国民に浸透している。日本の「お笑い」ではなく、日常のちょっとしたことで、さらっと口から出る品のあるユーモアだ。おもしろいのは、それを日本語に訳してしまうと、おもしろさが消えてしまうことである。英語でタイミングよく発するから、笑えることが多いのも不思議である。
ユーモアで危機を乗り越える
TVにせよ、活字媒体にせよ、ぼくの取材はときどき警察を呼ばれることがある。北朝鮮偽造紙幣についてのTV取材で、カリフォルニア州ロングビーチ港で許可なく、コンテナの持ち運びの撮影をしていたら、パトカーが2台やってきた。パスポートの提示を求められたあと、身体検査をされ、まるで我々は犯人扱いだった。そういうとき危機処理はぼくの役目だ。「あなたもTVに出たいか」と軽く話しかけ、マイクを向けた瞬間に相手はその気になって、TVに出た気分になり、陽気になり始めた。そうなるとあとはこちらのペースである。深刻で、暗い雰囲気になったときに、その雰囲気を一気に変えるのがユーモアである。一言が場の空気を変えてしまい、相手は自分が何をやっているかわからなくなってしまう。特に取材中のトラブルはユーモアで乗り越えるに限る。
人生も同じことだ。順風満帆の人生ほど味のない人生はないだろう。波乱万丈とまでは行かなくても、人生は紆余曲折があってこそ、楽しいものだ。人によって人生の危機の種類は異なるが、いかなるときもユーモアのセンスがあれば、乗り越えやすくなることは間違いない。